さて、いよいよ初めてのシーンワークが始まります。

僕が演じたのは、映画「クレイマー、クレイマー」のテッド・クレイマー役でした。

ダスティン・ホフマンが演じ、第52回アカデミー賞主演男優賞を獲得している不朽の名作です。ちなみこの作品は、アカデミー賞の作品賞・監督賞・脚色賞・主演男優賞・助演女優賞を受賞しています。

バロック末期の作曲家・アントニオ・ヴィヴァルディの「マンドリン協奏曲ハ長調 RV.425」、世間では一般的に「ギターとマンドリンのための協奏曲」と呼ばれている印象的な曲が映画のテーマ曲になっているから、曲を聴けば、

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ああ、あの映画か!

と思い出す人もいるかも知れませんね。

あと面白いのは、ダスティン・ホフマンがアカデミー賞『脚本賞』を取り損ねたというエピソード。

撮影現場での即興演技なども含め、映画にはダスティン・ホフマンのアイデアもかなり盛り込まれている作品らしく、監督・脚本のロバート・ベントンは

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ロバート・ベントン
脚本家として君もクレジットしたらどうか?

そうダスティン・ホフマンに打診したらしいです。

ダスティン・ホフマンその時は断ったけど、もし承諾していればアカデミー主演男優賞と脚本賞のダブル受賞だったと、後年、笑いながら語ったそうです。

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僕がこのエピソードを知って感じたのは、日本とアメリカのクリエイターたちの、基本的な考え方の違いですかね

アメリカでは俳優に対し、ただの演者として扱うのではなく『映画という作品をつくるために必要なクリエイターのひとりだ』というリスペクトを感じます。

また俳優自身も同様に「自分はアーティストの一人だ」という自負を持って作品に参加しているように思います。

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いろんな頭が映画を面白くする

イヴァナのテクニックにもありますが、Doing(ドゥーイング)で芝居を生かすためのプロップ(小道具・持道具)アイデアは、ハリウッドなんかでは、役者自身が考えるのが当たり前なんですね。

日本の現場では、監督が考えて指定することが圧倒的に多いけど、あちらは役者も、自分の芝居が生きる道具を考えるのが普通です。

これは見習うべきところだと僕個人は思いますし、今後、監督をする作品では、是非そういうアプローチを取り入れしたいと思います。

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もちろん、イヴァナチャバックの認定コーチですから当然ですね

ただ、ハリウッドや海外のやり方だけが正しいと言うつもりは毛頭ありません。

けど、いい部分は見習って、日本人俳優たちにもこういう気持ちを持って作品づくりに関わってほしいし、監督をはじめ、制作スタッフの一人一人もアーディストだと自負して欲しい。

それがもっと面白い自由な作品を生み出す出発点だと、僕個人は考えています。

ちなみにこの映画「クレイマー、クレイマー」、日本では1980年(昭和55年)4月に公開されています。

今年が2020年だから、実に40年も前のアメリカの家族像や夫婦の価値観の違い、親子関係をこの映画をみれば知ることができます。

日本もアメリカも人間って同じだな、と思うと同時に、見てみれば本当に驚くことがある思います。

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なぜなら、40年前のアメリカの男女間を取り巻く状況が、日本では、まだ今もって延々と続いていると気づかされるからです

映画:クレイマー、クレイマー

主なスタッフ

監督ロバート・ベントン
脚本ロバート・ベントン
原作アヴェリー・コーマン
製作スタンリー・R・ジャッフェ
撮影ネストール・アルメンドロス
編集ジェリー・グリーンバーグ
音楽ヘンリー・パーセル
アントニオ・ヴィヴァルディ

主要キャスト

役名俳優
テッド・クレイマー(夫)ダスティン・ホフマン
ジョアンナ・クレイマー(妻)メリル・ストリープ
ビリー・クレイマー (息子)ジャスティン・ヘンリー

シーンワークの準備について

さて、僕はパートナーのメリル・ストリープ(Tさん)と連絡を取り合い、シーンワークに向けての稽古をはじめた時の話です。

前回の記事にもしましたが、参加者はシーンワーク当日までに、

  • 映画を2回以上みる
  • 脚本分析とインナーワークをする
  • シーンパートナーと対面で6〜8時間以上のリハーサルをする

アクティングコーチの指導を受けるまでにこのプロセスを消化していく中で、自分の頭と心で考え動いてみて、自分なりに役へのアプローチをまずは準備していくわけです。

この記事を書くにあたり、その当時のスケジュールをチェックしてみましたが、

  • 5/20 18:30〜21:30(3h)
  • 5/22 20:00〜22:00(2h)
  • 5/23 11:00〜13:00(2h)

計7時間のリハーサルをして、僕らはシーンワーク当日に臨みました。

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本当ならもっと時間を取りたかったですが、お互いのスケジュールを合わせるとなると、これくらいが限界でした

シーンワーク初日は、最後にリハーサルをしたその日の14時スタートでしたから、まさに本番ギリギリ、開始1時間前まで稽古をして参加条件をクリアしていたことになりますね。

ただ、これくらいの稽古をしてシーンワークに臨むのは、イヴァナスタジオの生徒なら当たり前のことです。

もう何年も前にイヴァナチャバックの生徒だった当時のブラッド・ピットは、シーンパートナーから嫌がられるくらい、何度も何度も稽古しようと要求したという話は有名です。

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ルックスがいいから売れたんだろ

そう思う人もいるかも知れませんが、それは日本ならではの、別のお話。

そもそも、ハリウッドには美男美女なんて吐いて捨てるほどいますし、本当に実力ある俳優を求める、本物志向の世界では、そんな生っちょろいことは一切通用しません。

何度はじかれてもオーディションにトライし続け、その結果、大きな役を勝ち取る俳優たちは、誰もが圧倒的な努力をした上でスターになっているし、ハリウッドでも「偉大な俳優」と言われるような大スターは、今もたゆまぬ努力を続けているということも是非知っていて欲しいと思います。

クレイマー、クレーマーの意味

映画「クレイマー、クレーマー」のテッド・クレイマーを演じるにあたり、映画を見直してまず驚いたのは、その内容でした。

僕が見たのは高校生くらいの頃かも知れません。いずれにせよ、もう随分昔のことで記憶も曖昧です。

ただ、さっきも書きましたが、ヴィヴァルディの「ギターとマンドリンのための協奏曲」がとても印象的だったので、この映画を見たことはしっかり覚えていましたし、内容も何となくぼんやりと覚えてはいました。

僕の記憶の中では、

ダスティン・ホフマンが子育てをする、微笑ましい家族映画

くらいの認識でした。

まあ、完全に外れてるとは言えませんが、実はこの映画は「夫婦と家族の物語」であり、特に、男女の生き方について鋭い考察を加えた社会派映画でもありました。

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よくよく映画のオリジナルタイトルを見て見ると、ちゃんと書いてあるやん!

オリジナルの映画タイトルは、

Kramer vs. Kramer

つまり、Mr.クレーマー(夫)とMrs.クレーマー(妻)の対決を描いた映画だったんです。

家庭を顧みない仕事人間のテッド・クレイマーに愛想をつかし、ある日、何の前触れもなく妻のジョアンナ・クレイマーが家を出て行ってしまうことから物語は動き出し、突然始まる5歳のひとり息子のビリーとテッドの、男二人の生活が描かれていきます。

ま、ネタバレになるので詳しくは書きませんが、結局は息子のビリーの親権と養育権を巡り、夫婦は対立を深めていくという展開です。

是非、興味があるならば、一度見てみてください。今の日本の状況を考えると、全く古さを感じせない内容であることに本当に驚く筈です。

映画「クレーマー、クレイマー」

映画を深く読み解く力

さて、最後に、どうしてイヴァナチャバックのメソッドでは、シーンワークをするのに「映画を2度以上みてください」と言うのかについてです。

シーンワークの前準備では、一応、映画を見ることになっていますが、もし、シーンワークをする映画の脚本があるなら脚本を2度以上読んでも構いません。

いずれにせよ、映画が始まって終わるまでのストーリー全体の流れを、俳優は知らなくてはならないというのは当たり前の話です。

つまり、あなたがシーンワークで演じるキャラクターは、映画全体の物語を通して、どんな「目的」を取るためにアクションしているのかをまず知る。

それがイヴァナ・テクニックでいう、キャラクター目線での『全体の目的』を決めるという作業。また、登場するシーン毎にも各シーンの中で勝ち取りたい目的は何かという『シーンの目的』も決めていくことになります。

このStep1と2というのが、やはりイヴァナチャバック・テクニックの土台、メソッドの礎ですから、この段階で映画の解釈や分析が全く的外れだと、芝居はうまくワークしません。

それだけにこの「目的を決める」作業はとても難しいし、苦手な人も多いように思います。

何しろ映画全体の解釈はいろいろできるので、これだ!という目的決めはそう簡単ではありません。ただ、その決め手になる重要な要素は、

キャラクター視点の目的

という点だと思います。

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僕がいろいろな人の脚本分析を聞いていると、多くの俳優たちは、キャラクター視点ではなく自分の価値観や感情を混入して映画を読み解いていると感じることが多かったです

もちろん、アートの世界だから正解も間違いもないんですが、普段からそういう視点で映画を読み解きながら考えることが、俳優にもとても必要な訓練だと思います。

俳優には、演じる技術を磨くと同時に、映画作品全体を読み解く力や分析力が必要なことも覚えておいてください。

俳優の仕事は奥が深いです。

でも、こんなに楽しい仕事はないだろうと思います。なぜなら、人間という存在を、自分という存在を、深掘りして様々な気づきを身体と心で得られる仕事だからです。

チャレンジ、失敗、そして再トライ

俳優には、勇敢なボクサーや格闘家のようなハングリーさが、何よりも必要だと僕は思います。