今回は僕の「役者修行」について書くと予告していましたが、その前に、座学講座に参加して気づいた大事なことを書き忘れていたので、それをシェアしておきます。

参加した講座は、基本、認定コーチ・白石哲也から12ステップについての説明を受けて進み、事前に与えられた宿題などを通して、誤解しやすい点、間違いやすい点などを教えて貰えました。

そして、各ステップ説明の最後には、必ず参加者たちの質問の時間がありました。

この質疑応答の時間が、僕には一番面白かったし、個人的にはもっと深掘りして「どうしてそう思うのか聞いてみたかった」と、今でも思います。

なぜなら10名程度の参加者ですが、参加者それぞれ違うキャリアがあり、違う視点を持っていたからです。

僕という個人の視点からは考えつかない質問などもあり、とても勉強になったし気づきも多かった。と、同時に、みんなのやりとりを聞いているうちに、僕はある違和感も同時に感じ始めていました。

それは、

参加者たちはみな、正解を求めているのではないか?

という違和感です。

言うまでもなく、『正解』とは、『たった一つの正しい答え』という意味です。

でも、アートの世界には『正解』など存在しませんし、もちろん『完成』もありません。イヴァナチャバックもよく口にするように、不完全だからこそ、アートは美しいのだと思います。

でも、この時の僕は、

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当時のボク
ん? ひょっとして正解ってあるんじゃないのか? じゃあ、僕の考えは不正解?

そんな風に心の中で「無意識に」呟いていたのかも知れません。それが、僕の感じた違和感の正体だったと思います。

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教育って本当に大事だと思う

今、書いてきたことは、日本の教育事情に、深く深く根ざした問題だと思います。

今だに日本の学校では、あたかも『答えはひとつ』であるかのような教育をしている。もっと言えば家庭内の親子の会話でも、この傾向が今だにあると思っています。

なぜならその証拠に、社会に出てからも、一切疑問を感じず日本の教育に馴染んで生きてきた人たちは間違いなく『正解があるような言い方、考え方』をするように感じてきたし、僕はそこにいつも息苦しさを感じながら生きてきた実感があるからです。

タチが悪いのは、そう言うひとに限って

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答えは一つじゃない。人生に答えなんてないんだから

こんな言葉を何にも考えずに平気で口にすること。今まで生きてきて、何度となく僕もそんな言葉を耳にしてきました。

その言葉自体は、僕も同じ考えです。

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BeBe
答えは一つじゃない。人生に答えなんてないと思う

けど、話している本人の振舞いや言動を観察していると、ほとんどの人は心の底から本気でそう思っているわけではないと、僕はいつも感じてきたのもまた事実です。

だから今後は、腹の底から「人生に答えはない。自分だけの答えを見つける!」そう言える人たち、新しいことにチャレンジすること、変化することを怖れず行動する人たちと僕は出会いたいと思います。

新しい事に挑戦する勇気なんていらない

要は、その先に何が何でも叶えたい目標やゴールがあるかどうかです。

自分の目標や夢が心の底から本当にやりたいことであれば、あとはただ行動すればいいし。そう人は僕が言うまでもなく即行動します。

常識とか、親の意見とか、先生の意見とか、そういう過去に植え付けれた価値観や深く刻み込まれたネガティブな感情に気づき、そこから逃げないで前に進んでいくアーティストたちと共に、今後は仕事をしていきたいと思っています。

役者やってみる?

さて、だいぶ「役者修行」から話が逸れましたが、そっちの話へ。

4回構成の講座に参加して、何より白石哲也と話す機会が増えました。各講座おわりで参加メンバーとご飯を食べたりもしたし、講座最後の日には、打ち上げもありました。

しかも奇妙な偶然ですが、聞いてみると僕の家と白石哲也の家は、実は歩けるくらいの距離にあった。驚きました。

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ほんと不思議です

だからお互い帰りに利用する井の頭線の車内でも、色々と話したのを覚えています。

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ま、彼は無口なので、ほとんど僕が一人喋ってましたけどね・・・

で、そんな状況の中、2度目の講座が終わった時点、つまりあと2回(2週間)で講座終了するタイミングで、参加者に「シーンワークをやってみたいですか?」という話が白石哲也からあったわけです。

シーンワークとは

座学でイヴァナ・テクニックの内容を勉強するのではなく、実際に映画のスクリプトを『役者として』演じてみることで、テクニックを実践するレッスン

参加者の中には、すぐに「やってみたい!」という声が聞こえました。

座学で参加している俳優たちはやはり本で勉強するより、実践でテクニックを学び感じたいと思うのは当然だと思います。

で、その後、白石哲也は僕の方を見てまた同じ言葉を口にしました。

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シーンワークやってみたいですか?

ほんの一瞬、僕は息を飲み込みました。が、すぐに

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あ、そうですね・・・

そう答えたのを覚えています。

この「一瞬の無言の間」に、僕は脳内に過去のどんな映像を見て、どんな感情を感じたんだろうと思います。

俳優として演じることに、今となっては抵抗はありませんが、当時思い浮かべた感情記憶は自分のことでも正確にはわかりません。

ですが、脳がどう働きかけるのか、その仕組みはよく知っているので、僕の潜在意識はきっと過去のネガティブな感情記憶という映像を見せながら、こんな風に語りかけていたんだろうと思います。

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潜在意識くん
おい、やめとけよ!やめろって!お前は監督だろ? 役者じゃないしそんなの変だろ。恥かくぜ。歳も考えろ。やめとけ、やめとけ!
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今までと同じお前でいいんだよ。チャレンジ必要なしその方が安全だ。な、そうしろ!その方が絶対いいって!

これは、

人が何か新しいことをしようとする時なら、脳内で必ず起こっている現象です。

潜在意識は、変化が大嫌い。

昨日と違うことをすること、リスクがあること、命に関わるような危険がある時は、行動に起こすのを押しとどめようと強烈に働きかけてきます。

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誤解のないように言っておきますが、潜在意識はしゃべりませんからね
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・・・

ただ、過去に失敗したことや恥を書いたこと、命の危険を感じたこと、心の傷やトラウマなどネガティブな映像を、まるで臨場感あふれる映画のように脳内に映写してくれます。

だから、ほとんどの場合、人は過去の傷ついたり恥をかいたネガティブな感情を今、まるでその時に戻って追体験しているかのような恐怖を感じるので、新しいことに一歩をが踏み出せない。そういうごく簡単な理屈です。

でも、僕はそのネガティブな感情記憶の恐怖をも乗り越えて、今までやったことのないチャレンジ、「シーンワークを俳優として演じてみたい」と答えていました。

それは、

もし、ここで次のステップに進むことを断ってしまったら、その先にある自分の叶えたい大きな目標達成を断念するしかない

そう判断したからです。

ちなみに、今書いた大きな目標とは、イヴァナチャバック認定のアクティングコーチになることではありません。

もっともっと途方もない大きな目標・ゴールです。

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記事タイトルにもしましたが、新しい事に挑戦する勇気なんていりません。要は、困難を乗り越えるその先に、何が何でも叶えたい目標やゴールがあるかどうか

それで100%決まります。

それくらい、あなたが夢を実現しようとするなら、目標設定・ゴール設定というのは大事なんだよということは、是非、覚えておいてください。

さらに付け加えるならば、

2019年のイヴァナ来日ワークショップを見て感動し、書籍を何度も読み返し、また座学の講座を受けるうちに、イヴァナチャバックのメソッドにさらに魅力と可能性を感じ

絶対にテクニックをマスターしたい!

という強い気持ちが芽生えていたからだとも思っています。

これが面白い!これが好きだ!

これをしている時が楽しい!

時間が経つのも忘れるくらい熱中できる大好きなことを、あなたも是非見つけてほしいと思います。そして、その先に、きっとあなたの叶えたい大きなゴールや夢がある筈です。

それさえ見つかれば、目の前に現れる障害を乗り越える勇気なんて自然に湧いてくる。それは、特別な人だけのものでなく、人間なら誰もが与えられた能力だということも是非知っておいてほしいと思います。