1日目のワークショップが終わった。
朝10時に始まり、昼食休憩を挟んで19時終了。実に、あっという間の時間だった。
それくらい僕は深く集中していたし、ワークショップの内容にも深く共感し面白がって、無我夢中でむさぼるような好奇心を持って役者たちの芝居とイヴァナのコーチングを一心不乱に凝視していた。
いい映画が2時間という時間の長さを全く感じさせないように、イヴァナの東京ワークショップも、僕にとっては一種の『エンターテイメント』だった。
ワークショップでは、8組のペアが順番に与えられた映画の1シーンを演じる。
それぞれの組が演じ終わると、イヴァナは役者一人一人に、それぞれのキャラクターについて役者たちの考えた脚本分析について丁寧に聞き出していく。
まずは、映画全体の中での、キャラクター視点での
- 全体の目的(overall objective)
- シーンの目的(scene objective)
という同時通訳の言葉を繰り返し何度も何度も耳にした。
本は運良くギリギリで手に入れられたものの、ほとんど読む時間がなく、内容も全くと言っていいくらい理解していなかった。けれど、この言葉はすぐに覚えてしまったくらいだ。
人生に必要なのは、目的だ
繰り返しになるけれど、2019年のワークショプに初めて見学者として参加した時、僕はイヴァナの書籍『イヴァナチャバックの演技術(The Power of the Actor)』をほとんど読まずに参加していた。
というか、ワークショップ開催を知ったのが、そもそも開催日2日前のことで、書籍は運良く手に入れられたが、読了して内容を理解する時間的な余裕がなかったからだ。
『全体の目的(overall objective)』『シーンの目的(scene objective)』というイヴァナが考えて体系化した言葉自体はこの時、初めて聞いたけど、僕は心理カウンセラーやコーチングの資格を持って心理学に通じているので、どうしてそういう風に映画のキャラクターを読み込んで役作りをしていくのか、その理由自体は、よく理解できた。
コーチングの世界でも、人がダイナミックな変化を遂げるには、必ず心の底から望む『目的(ゴール)』の設定や感情的な理由が必要だからだ。
人は必ずその時々で自分の向かいたいゴールに、誰もが向かっている。
と感じている人なら、それはあなた自身が心の底(というか、潜在意識)で『変化を怖れて変わることを望んでいないから』そうなっているだけだ。つまりは、自分自身がコントロールして『変化しないこと』を選択しているに過ぎないし、あなたの望むようにあなたの人生は進んでいる。
ちょっと話が脇道に逸れてしまったので、この話はまた別の機会に詳しくお話ししたいと思う。
けど、それくらい映画のキャラクターを演じる場合も、キャラクター自身の向かうべき目的を読み解くのが、とても重要だというのは覚えておいた方がいい。
また、さらにイヴァナのテクニックでは、映画のキャラクター視点での脚本分析のみならず、シーン自体を演じる俳優自身のパーソナル化(個人化)していく作業がある。
それが
- 代替者(substitution)』を設定する
という重要なステップ(Step4)だ。
映画のシーンでキャラクターが演じているスクリプト(脚本)の内容を、演じ手である俳優自身の個人的な体験、しかも潜在意識に眠っているような深いトラウマや心の傷を見つけ出し、俳優自身の目的を取りにいく。
この一見、人間にとっては二度と思い出したくない、一般的な、常識的な視点で考えればネガティブな個人体験を俳優はシーンを演じる上でのガソリン、燃料ににするというのが、非常にこのメソッドの興味深い部分だと思う。
というのは、人間というのは生き物の本能として「命を守る」「危険を回避する」というのが生きていく上で最重要案件。
通常、ネガティブな体験記憶は、これから起こる危険から自分自身を守るために使われている。普段は意識していないけど、あなたのネガティブな感情記憶は、潜在意識の中でしっかりと刻み込まれているのだ。
だから過去と同じような体験や感情が芽生えそうな状況が起こると、誰もが無意識に起こそうとしている新しいアクションやチャレンジをやめてしまうのは、そのせいだ。
ただ、イヴァナのメソッドでは、その二度と思い出したくない過去のトラウマや心の傷、潜在意識にある感情記憶に積極的にアクセスしていくという。
しかもイヴァナ的に言えば、過去のネガティブな記憶やトラウマは負の遺産ではなく、アーティストにとっては、むしろ『宝物』なのだ。
そして、人はいつも何かしらの勝ち負けを決めるコンテストをしているというゲームコンセプトをテクニックに生かし、何が何でも自分の目的を『WIN(勝ちに行く)』というのが、このイヴァナチャバック・テクニックにおいては最も特徴的な部分だと思う。
ただ、この時の僕は、『代替者』という言葉自体も初めてだったし、演技指導のアプローチとしてどのように使うのか、役者の演技に反映されるのかは深く理解できないでいた。だけど、きっと役者たちの2日目の芝居に向け重要なコーチングであることだけは感じ取っていた。
そしてその疑問は、その集大成として、役者たちの2日目の芝居の劇的な変化をを目撃することで証明されたことだけは、先に書いておこうと思う。
なぜなら、覚悟を持って登壇した16名の役者たちが何が何でも取りに行く『勇気』と『リスクを取る姿勢』を僕が目にしたからだ。
イヴァナチャバックという人物や彼女の体系化したテクニックだけが凄いんじゃなく、登壇したどの役者たちも、その貪欲に学ぼう、チャレンジしようとする姿勢が素晴らしかったと思う。
各組の演技が終わり、イヴァナが各俳優、個人個人に対してコーチングをしている間、さっきまで舞台でキャラクターを演じていた俳優たちはそれぞれ素の人間に戻って生徒になり、イヴァナから指摘を受けたコーチング内容を忘れまいと、持ち込んだノートに必死に書き込む姿に、僕は少し感動していた。
彼らは、もっともっとうまくなりたいし、魅力的な芝居をしたいんだ。
その姿が、僕にはとっては印象深いワークショプ1日目の光景だったと今でも思い出す。